先日行われた技術士二次試験の筆記試験。昨年から総監部門を除いて全て論述試験となりました。本年度受験された方は、昨年よりも情報が多くて対策し易かったのではないでしょうか。それでは今年の問題を振り返ってみたいと思います。
総括
今年は新型コロナウイルスにより試験が延期されました。これにより試験問題にコロナウイルス感染予防や感染拡大時のものづくりの在り方などが問われる問題がでるといった情報も耳にしました。個人的には、問題は延期前にある程度作っているため、出題はないと踏んでいました。結果はその通りでしたね。
しかし、来年はわかりません。2020年度版ものづくり白書は新型コロナウイルスや災害などがもたらす不確実性について、採るべき戦略を示しています。来年向けてすでに動き出している方々は、まずものづくり白書を読みましょう。
また、本年度の口頭試験においてはコロナウイルス対策を盛り込んだ対策が望ましいです。詳細は口頭試験対策で触れていきたいと思います。
各部門ごとに問題の難易度は様々かと思います。私は機械部門・機械設計の技術士ですが、今年度の試験問題は昨年とほぼ変わらない難易度のように感じました。
それでは本年度の必須Ⅰ~選択Ⅲまでを簡単に見てみましょう。
必須Ⅰ-1:少子高齢化社会に求められる技術伝承の変革について
必須Ⅰ-2:エネルギー社会の実現について
選択Ⅱ-1-1:付加製造(Additive Manufacturing:AM)方式2点の特徴と留意点
選択Ⅱ-1-2:標準化に用いられる標準数の特徴と利点
選択Ⅱ-1-3:溶接構造物及び溶接接手設計時の留意点
選択Ⅱ-1-4:環境配慮設計(DfE)について、設計段階における3Rと事例、留意点
選択Ⅱ-2-1:新製品開発時のコンカレントエンジニアリング実施について
選択Ⅱ-2-2:新製品開発時のマルチマテリアル設計の推進について
選択Ⅲ-1:モビリティサービスの向上について
選択Ⅲ-2:CAEを扱う設計技術者育成について
もし仮に私が今年受験するとしたら、赤字の問題を解答していたと思います。今年の問題は、昨今の課題や技術レベルに合わせた問題が出題されました。例えば、AMは最近産業機械の分野でも使われるようになってきたばかりですね。私は家にFDM方式の3Dプリンタを持ってまして、ある程度知識を蓄えていますが、それも上記のような時代背景あってのことです。最新技術は普段の業務で触れないことも多いはずなので、業務外で積極的にその機会を作らなければなりませんね。
話がそれましたが、他にもエネルギー社会の実現やDfEは、持続可能な社会づくりには必須の考え方です。そしてCAE教育は、技術伝承において最も重要と思われるデジタルツールの活用に当てはまります。
それでは各問に対する解説を以下に記します。
論文作成例
必須科目Ⅰ-1
我が国において、短期的には労働力人口は著しく低下しないと考えられているものの、女性や高齢者の労働参加率の向上もいずれ頭打ちになり、長期的には少子高齢化によって労働力人口が大幅に減少すると考えられる。一方で、「ものづくり」から「コトづくり」への変革に合わせた雇用の柔軟化・流動化の促進、一億総活躍社会の実現といった働き方の見直しが進められている。このような社会状況の中で、実際の設計・開発、製造・生産、保守・メンテナンス現場におけるものづくりの伝承については、現場で実務を通して実施されている研修と産学研修・集合研修をいかに組み合わせるか等の、単なる方法論の議論だけでなく、より広い視点にたった大きな変革が求められている。このような社会状況を考慮して、機械技術者の立場から次の各問に応えよ。
(1)今後のものづくりにおける技術伝承に関して、機械技術全般にわたる技術者としての立場で多面的な観点から課題を抽出し分析せよ。
(2)抽出した課題のうち最も重要と考える課題を一つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)上記すべての解決策を実行したうえで生じる波及効果と新たに生じる懸念事項への対応策を示せ。
(4)業務遂行において必要な要件・留意点を機械技術者としての倫理、社会の持続可能の観点から述べよ。
解説:まずは問をすべて眺めてみたときに、問題文から抽出できる課題から技術者倫理へとつなげるためのキーワードを探してみます。まず問題文から読み取れるキーワードは少子高齢化・働き方改革・技術伝承ですね。そして持続可能性のために最終的に必要なキーワードはナレッジマネジメントシステムですね。要するに昨今の社会情勢を鑑み技術伝承を確実に行うためには、技術を最終的に有形物に残すことが重要であるとアピールします。古くから暗黙知によって伝承されてきた技術を形式知化することの重要性を訴えます。流れとしては以下の通り。
(1)技術伝承の課題:デジタルツールの活用、暗黙知の収集、産学官連携(オープンイノベーション)とする。
(2)最も重要な課題:デジタルツールの活用をとする。解決策:①デジタル人材の確保②変革にかけるリソースの確保(通常業務もIoT、AIなどのツールを利用し、省力化)③CAEツールの導入などインフラの整備
(3)波及効果:生産性向上による働き方改革の促進。懸念事項はデータを扱うことで企業情報が漏れるなどのセキュリティインシデントの発生。対策:「IoT開発におけるセキュリティ設計の手引き」を活用し、セキュリティ設計に関する知識を身に着ける。
(4)必要な要件:ナレッジマネジメントシステムを構築し、企業に所属する人間がいつ、誰がどこにいても形式知を活用できるようにする。留意点:災害などにより自社が被害にあった場合、データが消失し持続可能性が失われる。クラウドシステムを利用し、データ保護に努める。暗黙知を整理するためにはFMEA、FTAなどを行い、設計資料を残すことが重要。
選択科目Ⅱ-1-1
付加製造(Additive Manufacturing:AM)は、積層造形、3Dプリンティングなどとも呼ばれる一連の技術を包含した加工法を指す。AMの方式を2つ挙げ、それぞれの特徴と留意点について述べよ。
解説:キーワードの説明だけでは及第点。出来る限り自身の業務で関連する製品を具体例として用い説明することが望ましいです。例えば、私の場合は産業機械(具体的な製品は伏せます。すみません。)でどのように活用しているかを述べます。解答としては以下のようなイメージ。出来れば図が書けるといいですね。
(1)AM方式2つ:光造形方式、熱溶解積層方式
(2)光造形方式:光硬化タイプの液体樹脂に対し、紫外線を当て、一層ごとに樹脂を硬化させながら立体物を造形する。特徴:他に比べて大型の造形物を出力できる。産業機械用の組立治具などに応用可能。留意点:太陽光によって変形・ひび割れが発生する可能性があるため、太陽光の当たらない場所にて保管する必要がある。
熱溶解積層方式:熱可塑性樹脂(PLA、ABSなど)を融解させ、細いノズルの先端から融解した樹脂を吐出し、積層する造形方式。特徴:他と比べて安価なため導入用に適している。さらにPLAはバイオマスプラスチックであり、環境にも優しい。強度的にも優れており、試作テストに使用できる。産業機械の試作時に活用することで、環境配慮設計及び開発リードタイム短縮などの効果が期待できる。留意点:寸法精度が粗く、表面に凹凸が出来るため美観が悪く営業サンプルに使うには不向きである。
↓過去に3Dプリンタに関する記事をまとめました。
選択科目Ⅱ-2-1
あなたは新製品開発のリーダーとして開発全般をとりまとめることになった。開発を効率的で合理的なものとするため、コンカレントエンジニアリングを実施しようと考えている。新製品開発を進めるに当たって、下記の内容について記述せよ。
(1)開発製品を具体的に1つ示し、どのようにコンカレントエンジニアリングを実施するかを明確にして、調査、検討すべき事項とその内容について説明せよ。
(2)コンカレントエンジニアリングを進める手順について、留意すべき点、工夫を要する点を含めて述べよ。
(3)業務を効率的、効果的に進めるための関係者との調整方策について述べよ。
解説:選択科目Ⅱ-2は過去の経験を元に論文を書けないとなかなか厳しいですね。逆に、そのような経験に加えて技術士に求められるコンピテンシーを示せば合格論文です。またⅡ-2は2枚論文なので、1問当たり2/3枚解答の配分です。配分が最も難しく、解答が書ききれない場合も多いです。冗長文にならないよう意識しましょう。この問題におけるキーワードはコンカレントエンジニアリングです。筆記試験における重要キーワードの一つですが、実際にそのシステム構築をした方ってどれくらいいるんでしょう?意外と難問かもしれません。流れとしては以下の通り。
(1)開発製品は****とする。具体的な製品開発の流れを図示する。コンカレントエンジニアリング(以下CE)は設計から製造までが開発情報を共有し同時並行的に進める手法。フロントローディングを目指すため、開発初期から開発情報を常に情報共有できるシステムを構築する。
他部署と共有するためにも、開発製品に関する共有情報を明確にしなければならない。調査項目は市場ニーズ、コスト、開発時期など。検討すべき事項は情報の共有方法。スピード感が大事であるため、口頭、メールや打ち合わせなどの定期的な発信ではコンカレントエンジニアリングの実現は難しい。具体的な内容としては3Dデータ、PDMを導入する。
(2)留意点:3Dモデルデータの作成は高価なCADツールや高スペックパソコンが必要となる場合がある。また自社用に図枠データを準備する、モデリングルールの設定など始めるまでに時間を要する。IT部門と協力しスピード感を持って進める。工夫点:産業機械には意匠性を必要としないケースが多々ある。不要なステータスを排除しても問題なければ、ミッドレンジの3DCADを導入するという手段もある。PDMを運用するに当たり必要な情報は各部門からの情報を集約し決めることで、手戻りによるコスト増を防げる。
(3)調整方策:PDMにより情報共有が容易になり開発スピードの向上が見込める。しかし情報共有だけでではトレードオフの解消は難しい。これにより開発進捗に遅れがでることもある。よって関係者間の調整方策としてDRを用いる。DRを実施する場合は、各開発フェーズ毎に必要な人材を招集する。※DRの実施手順を図で示す。
DRを実施する上での注意点を示す。(設計の場合、相手が納得する信頼性評価のデータを示す、QFDを用いて意思決定にニーズを確実に反映させるなど)
選択科目Ⅲ-2
開発コストの削減や設計サイクルが短期化し、CAEによるシミュレーションは設計開発においてはなくてはならないツールとなっている。複雑なシミュレーションは硬度な技術を有する専門のCAE技術者に頼る必要があるが、ハードウェアとCAEソフトウェアの発達により、簡単な構造解析であれば設計者自身でも容易にCAEを実施することができるようになっている。このような状況を踏まえ、CAEの出来る設計技術者を育成するリーダーとして、以下の問いに答えよ。
(1)CAEの能力を備えた設計技術者を育成し、信頼性の高いシミュレーション結果を得るための課題を多面的な観点から抽出し、その内容を観点とともに示せ。
(2)抽出した課題のうち最も重要と考える課題を1つ挙げ、その課題に対する複数の解決策を示せ。
(3)解決策を実行したうえで生じる波及効果と専門技術を踏まえた懸念事項への対応策を示せ。
解説:CAEはデジタルエンジニアリングに含まれ、技術伝承においても重要なキーワードです。今回は開発リードタイムの短縮が設計業の課題であり、設計開発において重要な役どころであることが問題文に記載されています。普段業務で利用している方にとっては簡単な問題だったかもしれません。しかしCAEは専門性が高く、普通はこの問題を選ぶか迷います。他の問いと同じく育成者の立場に立ったことが無くても、自分の有している知識や経験でその視点に立った解答が出来ればいいと考えます。流れとしては以下の通り。
(1)CAE技術者育成のための課題:(設計者の観点)解析条件を正しく設定し、得られた結果を正しく評価する。(指導者の観点)専門性が高いため、十分な経験や知識を有している設計者を育成する。(設備の観点)解析用途に合わせた適切なツールの用意。
(2)最も重要な課題:(設計者の観点)解析条件を正しく設定し、得られた結果を正しく評価する。対策:①応力解析の場合は材料力学を学習する。解析の条件設定や結果を見る際は、まず言葉の意味から値の妥当性、算出すべき計算結果などの理解が重要。また解析対象物が簡易的なモデルの場合は、手計算などの結果から妥当性の確認が可能。②有限要素法を理解する。特にメッシュの概念と切り方を理解する。③ツールの使い方を覚える。CADと同じく操作を覚えなければ正しい条件設定は出来ない。開発リードタイムの短縮を狙うなら使いこなす必要がある。
(3)波及効果:CAEを扱うことで材料力学や流体力学などの専門知識を身に着けることが可能。根拠を持って設計を進めることで、QCDにおいて大きな効果が期待できる。またDR時に資料として提出することで、設計承認を得られやすい。結果、開発期間が更に短縮できる。懸念事項:結果が必ずしも正しいとは限らない。最終的には実物による評価が必要。開発期間を短縮するためにもAMを用いて試作する。
最後に
上記は文字数を一切無視して作成しました。実際はもっとキーワードに対する詳細説明が必要です。また図が書けなかったので、もう少し分かりやすく説明できる部分もあるかと思いますが、とりあえずここまでにしておきます。しかし改めて問題を見てみると、技術士二次試験は難しいですね。元々知っている知識や普段から気にしている話題に関連した問題でも、いざ問われると答えが出てこないものです。少なくとも自分の専門分野においては、広く浅くではなく、広く深く知る必要があると痛感しました。
正解は一つではないと思いますので、ご自身の専門分野に照らし合わせて論文を作っていただけたらと思います。